カギをなくして自転車を担いで帰ったあの日

英語を習い始めたばかりのときに混乱するのが、日本語とは文章の並べ方が違うということだ。例えば「僕は魚を食べる」という英語は、I eat fish、「僕は食べる魚を」、という倒置法みたいな感じになる。Fish eat me、なのか、I eat fishなのか。並び方が違うだけで、楽しい食事か海での惨劇か、片方は日常で、もう片方は非日常と、全く意味が異なってくる。

ちなみに、I ride a bicycle(僕は自転車に乗る)は日常である。A bicycle rides me(自転車は僕に乗る)は非日常である。そんなありえない非日常が、僕の日常に起こった。

あれは大学が終わったあと、バイトで遅くなった日のことだった。僕はファミレスのホールで働いているのだが、その日は客足が途切れることがなく、常に呼び出しボタンが押されているような状況だった。いつもなら閉店前に閉店準備ができている状態なのに、閉店後も殆どのテーブルに皿が残っているような状態で、僕はホールを一通り片づけ清掃を済ませると、キッチンを手伝ったりしていた。そんなわけでいつもより1時間多く残業をしたため、最寄り駅に着くころには足が鉛のようだった。だけどあとは自転車に乗って帰るだけである。

ところが自転車の側まで来たときに、カギがないことに気づいた。家のカギとは別にカバンにしまっておいたはずの自転車のカギが、探しても見つからない。カバンをひっくり返してみたものの見つからず、僕はどこかにカギを無くしたのだという絶望的な現実を受け入れざるを得なかった。どうしよう、このまま歩いて帰ろうか。いや待て、明日は朝早くに出かける用事があるから、自転車は絶対に必要だ。考えた挙句、僕は自転車を担いで家まで帰ることにした。まさにA bicycle rides me、そんな状態で、それでも何とか若さとパワーで家までたどり着くことができたのだった。